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● 二十年後の札幌 〜 想い、あるいは長期計画 〜 現在の小学校3年生は28歳になっている。30歳の青年は50歳になっている。60歳のシニアは80歳になっている。塾に通い数字に強くなった子供は、どんな大人になって いるだろう。ゲームに興じ、自分の住所も漢字でかけない中学生はどんな大人になっているだろう。自分の仕事をこつこつと一所懸命にこなしている青年はどんな大人になっているだろう。定年後も元気に社会参加していいる壮年はどんな風に年を重ねているだろう。 ■ 「ちびっこメディア」の活動は、学級新聞の枠をこえて、自分の街の魅力を伝えることの喜びを持つ子供を何人札幌に作り出すだろうか。その子達が、30代を迎えるとき、 この街と世界にどんな貢献する子供に育っているだろうか。小学校はどんな風に変わっているだろう。多くの大人が、いろいろな仕事の話をしてくれる場所になっているだろうか。教員と親と、教員でも親でもない大人が学校の運営を同じ責任で行っているだろうか。
■ 戦後の学歴社会を生きてきた世代が四世代を重ねる中、食べるために精一杯だった時代と比べると、生き方の一つ一つに、多くのストレスを受けて子供を押しつぶさない世の中になっているだろうか。現在、地域のコミュニケーションが手に届く範囲だったころとはくらべものにならない、争いごと、孤独が、社会にも、家庭にも、深い 痛みとしてよこたわっている状態は解決しているだろうか。コミュニケーションの新たな進歩で、味合わなくてもよい痛みを少しでも減らしているだろうか。
■ 労働時間は短くなっているだろうか。一日のうち、家の外で働いている時間はどのくらい短くなっているだろう。あるいは長くなってしまっているだろうか。一人は一生にひとつの仕事しかしないだろうか。人と話していると、ものを作る時間はなくなる。ものばかり作っていると、人々が何を求めているかわからなくなる。人と話す時間 と、ものを作る時間のバランスがうまく取れている街になっているだろうか。
■ 北海道の農業は、変わらずにおいしいものを作っているだろうか。北海道の沿岸漁業は、森の恵みを受けて、豊かであり続けるだろうか。農民、漁民は自らの役割をよ く知って、社会のなかで誇り高く暮らしているだろうか。
■ 札幌に暮らす人、訪れる人はどんな気持ちで札幌の街を見ているだろう。この街の魅力は、気候の変化や、産業構造の変化をくぐりながら、輝きを増しているだろうか。人々はこの街を愛し続け、ここで暮らすことを選択し続けているだろうか。
■ 札幌にはどんな産業が栄えているだろう。札幌にはどんな文化が栄えているだろう。
■ 日本、世界のなかで札幌はなにができるだろう。慣習にとらわれない街、歴史の新しい街も、200年を迎えるとき、どんな因習ができあがり、どのような硬直がおこっているだろう、逆に、どのような豊かさを身につけ、どのような文化を目指しているだろう。
■ 札幌のメディアとジャーナリズムはどのように成長しているだろう。
■ 札幌市民は、自らの街を、自ら治めていられるだろうか。現在の経済の仕組みの末期的な現象、国家、地方におこる財政の破綻のなかで、札幌は、北海道の大地と市民の働きでどのようなルールと暮らしの文化を育てているだろう。
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2004/7/15 更新 (2002/11/12 初版)
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